西内啓著「統計学が最強の学問である」Kindle版を読みました。

これまた面白かった。どういうわけか読み始めのしばらくの間、洋書の和訳を読んでいるのだと勘違いして取り組んでいたのですが、全然日本人の著者なんです。読みすすめていれば解ることですが表現が熟れていて、読みやすい。

トピック的には、マーケティングや心理学、ビッグデータ、データマイニング、テキストマイニング、ECのリコメンド等について、統計学の専門家の視点から丁寧に描かれています。統計学の素人でありながらも、この辺のトピックが気になっているビジネス従事者は多いと思いますのでそういう人には一読の価値ありです。

振り返れば、大学生時代の一定期間。心理実験とデータの収集、その統計処理とレポート書きに明け暮れていたため、基礎のきの一本目の横棒くらいのことならなんとか理解が及びましたが、これ、そういうことについて一切触れたことのない人はどう読むんだろうか?そのことがとても気になります。

また通しで読みおえた今、統計的な手法について、勉強し直したい気持ちになりました。業務で、職場で、組織で。あの権威ぶっていて疎ましく、内容の空疎な経験と勘の錆びた斧を振りかざす、最悪の場合立場や権限の腐った斧を振りかざす(ので面倒臭くて話す気力すらもが削がれてしまうようなあの)シーンを一切合切駆逐しきってやりたい気分です。いや、だけど(バカを)言うのは思いつきでできるし球数に制限はない。これに比して、統計で有意差を判定するのには沢山の時間と労力が必要という構図ですから、思いっきり不利なんですけどね。なのでやっぱり著者の言う「統計リテラシー」を各人が身につけないと話しにならないところです。残念ながら、解らない子は置いてきますよ。

で、冒頭に書いたのですが、何が原因で翻訳本を読んでる気になったかってことなんですけど。これまでの経験で、和書の中で、経済額とか経営学とかビジネスをテーマに、数字の扱い方や論理についてぼやかさずに確り書き記している図書にあまり巡り会ってきてないから。例えばタレブの「まぐれ―投資家はなぜ、運を実力と勘違いするのか」これは確りと数字の捉まえ方が書かれている。いかにも海の向こうの著書って感じがします。反面、稲森さんや松下さんの本は、心の有り様を問うとか精神のことについて書いてることが多いっていう。。

そういう違いって何だろうかというと。ビジネスとアカデミックがちゃんと地続きに捉まえられた社会観これがあるかないかじゃなかろうかとぼんやり思う。小学生から大の大人、ビジネスマン、経営者までの多くが「数学(の宿題を熟すこと)が社会に出て何の役に立つのさ?」ってことを(無意識レベルででも、結構本気で)信じてる節があるという印象。統計学なんてものは、全く実社会に根ざさず、実践に活かせず、むしろどこか閉じた世界の中で、根の暗い専門家が、薄暗い研究室で、弄くり回し続けて、もしもそいつがラッキーだったら何か世に発表できる大発見でも論文に綴るんでしょう的な線引き感。まあそうまですらも考えないのが大半だとは思いますが強いて言葉にして言えばそういう具合を感じます。

で、万が一に、そういう風な地続きでない世界観と、地続きになった世界観の二つがあったとしたら、そりゃあ地続きの方が、イノベーションは起こりやすいし、公平だし、歪みのない明るい社会だなと思うところなんです。ものすごく広げて解釈すると、直ぐに金になるわけじゃない基礎研究的な領域や基礎応用研究を支える理論の、あるいは科学の捉まえ方を、「実社会では役に立たない。決算書だけ読めりゃいいんだよ!」と軽視し続けてきたそのツケが今の、精彩を欠く経済状況の一端にあるのかしらなんてことも、薄らボンヤリですが感じられます。イノベーションとそのジレンマについて語るのは大いに結構ですが、そこでたちどまって、そのことを百年議論したからといって、イノベーションは一向生まれないわけですから、だったら今人間がやれることの先っぽの方に幾ばくかの金、労力、時間を投下してみるのが、少し素敵な結果を期待できるはずです。
そいった意味で、社会人の皆さんは、自分のいる会社の事業が、人間のやれる先っぽを開拓することによって生まれる商品を扱ってるのか、それとも何か余所の製造技術の転用で商品を作ってるのか、あるいは余所のビジネス的着眼なり価値定義を模倣した商品サービスを扱っているのか、峻別してみるといいのかなと思います。そこに、なにかこう社会と事業、社会とサービスの結節点のあり方が見えてくるかもしれません。まあそういう趣旨の本ではありませんが。

またある程度の役職についている人においては「アイツが怠けていると見えてしまう」ことや「アイツが生意気を言っていると思ってしまう」ことや「アイツが嫌い、邪魔、憎いと感じてしまう」こと、簡単に言えば「アイツが居なければ成績はより伸びるのに・・と願うこと」。それらの個人的主観的結論と「アイツの売上が足らない」事実や「アイツの利益が出てない」事実や「アイツが指示系統に害を及ぼしている」事実やらとの間に統計的に有意な相互関係があるかどうかを確かめた上で「他のスタッフよりも秀でてダメである」ことを客観的に明確化してから人事考課を行う必要がありそうですね。なにせ人一人の人生に影響をするような決定(降格人事や、クビや)をするわけです。部活動のレギュラー争いとは訳が違うので、やる気!根性!情熱!コミット!などとばかり言ってられません。またもしそこに相互関係が見出せない、あるいはマイナスの相互関係が浮かび上がるとしたならば、そのときには自身の役職者としての能力か、自身の単に人としての人格を、疑うべきなんだろうと思います。

普及の見込みは薄いと思いますがさりとて。我々非専門化の一人一人における統計リテラシーというものこそ、自分と他人の人生、それに社業、ビジネスの正否を左右する大事だと思えます。


統計学が最強の学問である