地元の店に指輪を見に行った。まったく知識のないことだから、たいへん面白い。
「越後屋、おぬしも春よのう」のコピー、よくないね、って話してて。そうね、なんていってたあの子。散々云々したあげくに「春(はる)」と「悪(わる)」とが掛かってることには気がついてなかった。教えてあげたら目を丸くしてた。でもだからといって結局のところ、よくないコピー、の汚名は漱げず。
どういうわけか、俺だけなのか。iCloudのメモ帳がすっかり同期する気を失ってしまっている。「え?するんすか?」くらいな感じで。「先週末シンクしたばっかすけど?」って。完全に舐めた感じで。なんでだよ。こんなじゃ仕事にならないので、近々、エバーノートへ移行する計画。
このまったく根拠のない CMS への期待。悪い予感しかしないんだぜ。
リスティング資金を切らす。切らっす!(ガクガク・・・)
初心忘るる云々。昔のおもいを振り返るのはいいことだなあ、なんだけど、どうしたって現在側から過去に対する評価を行うというフィルタから逃れられない。現在の状況や困難におもねったポジショントークになるもんだから、正味のところ、当時の気持ちを嘲ることなく眺めるというのは難しい。今の事情やここに至る過程の障害をワスルルベカラズ。ぬぐい去れない。また当時の想いそのものすら、その内容内訳なんて、現在に都合がいいようにどうとでも書き換えられる。そうやって、歴史の本はいろいろ都合のいい風にドラマチックに歪められてきてるわけで、勝てば官軍。初心ワスルル官軍。
起っていることを枠組みを出た外側から眺めるのは技術として必要。だけど、その視点が地になってしまってはいけない。生温かい本身のとこは、それとは別で確りとあって、我だか思い込みだかそういったヌラヌラした温もりを伴うものを無くさないようにしないとね。マシンみたいになっちゃうよ。
それにつけても相変わらず。iCloudのメモが同期しない。Evernote への移行にあたり、iCloud メモのフォーマットをかけたいんだけどその方法もよくわからない。全選択削除?なの?ダサくない?
またタイムリーなことに Microsoft が OneNote を無償化したとかで。しかしこれ、iCloud、Everenote、OneNote とパラレルで存在すると頭の中がしっちゃかめっちゃかする予感。なのでここは定番 Evernote でひとまず。
そもそも。技能もなく器量もなくただなんとなしに Office 製品触ってるだけのようなものがどういうわけで務まってるのか。また行為に意義を見出すじゃなく製品を自分で買う、使うでもないようなのがどういわけで販売部にいついてるのか。話にもならないとね。そうおもうよ。
本当は興味ないんです。本当はやりたくないんです。本当は振りをしてるんです。本当は給料ほしいだけなんです。本当は「これじゃない」と思ってるんです。だったら本当にしたいことをしようよ。
結局、Evernote で複数アカウント切り換えをするのには有償サービス利用しなくちゃいけないってことと、もうひとつには興味本意で OneNote をインストールしてみた。
こちらとしてはシンプルなメモ帳でよかったんだけど、OneNote はやけに多機能。
メモ帳ということではなくむしろ簡易 PowerPoint というほうが近い。要素を自由にレイアウトさせる。その割にグリッドやスナップ機能が詰まってない。それでもって、カンバスのあちこち自由にレイアウトし、またクラウドに保存したファイルを OneNote for iPhone で開いてみると、案の定、1画面には収まってない。縦スクロールはもちろん、横スクロールを使わなくちゃいけない。この視認性はシンドイ。欲しいのは、1カラム左端揃え、すっとんとんのメモ帳で、クラウド。あとはほんの少しマイクロソフトしかできないことが入ってればそれでよかったんだけどな。それでも OneNote を使ってみようという気にさせるのはシンクの(いまのところの)安定感。これはこれでマイクロソフトらしい長所なのかもしれないとも思った。
近頃あのこがフォトブックデザインに夢中。撮影から、ゼロから作れるので楽しいよね。がんばれ。
家に帰った実感を得る一番の方法が他にいくらでもあるだろうによりによってバイオハザードをすることってなってしまって。一服の清涼を味わうのに、ゾンビと闘う必要があるって、なんか、なんか、辛い。
かかとの角質、煩わしい。元来 DNA 的に爪なんじゃないか?とおもえてきた。
前に進んでるかどうか。その実感は、右足左足の動作とは連携せず、視覚とか、風圧圧覚とかによっていて。天災ライクに仕立てられた人災によって、地滑りのように、地べた全体がズリズリと後退することはしょっちゅうある。すると、どうがんばっても、はしっても、前よりも前進速度が落ちたなとか、むしろ前いた地点よりも後ろに居るという実体はある。
国内経済は不景気という地滑り状況だし、例の件以来国際的プレゼンスも良くはなってないし、公務はその名と裏腹単なるシステムに堕落して久しいし、産業にはイノベーションはもたらされないし、企業の中間管理職は嘘つきだらけだし、経営者は口座太らせるために違法でない範囲の協力者への仕打ちに創意工夫を巡らせ、その仕打ちの成功事例を耳打ちするためにコンサルは公式な詐欺師として存在しているわけで。
で、だ。実際に値打ちを生む仕事をする人間は虐げられ、罵倒され、削られしてゆく。ある、ある。よくある。それだらけ。もうフツー。沈んでゆく客船でボートを奪い合うのと一緒。次の瞬間という超近視眼的な未来観のため他人を殺してでも金が欲しいというのが人情(それで良く人の親やってんな、とは思うけどね)。この焦燥が、世の中全体としての、地滑りの正体。
だもんでね。本当の前進や、本当の値打ち、それを生み出すための地道な努力、創意工夫、潜伏は過去より一層認められづらい。一言で言えば「待ってられない」と言われるだろう。なのだけど、いま慌てふためいて小中学生の財布の中から間違った動機によって小銭をかすめ取ることに知恵を絞ってるどうしようもない大人達は必ず淘汰されてゆくので、値打ちを産む星の下に産まれてしまったみなさんは、研究生よろしく粛々やってくしかあるまいよ。
驚いた。日経を読むことを有り難がる20代っているのね。いまだに。コマーシャル通りのメッセージを体現。素直だからなのかな。
近くで様子を伺ってるとどうやら読んでいない他者と読んでいる自分との間に線を引き、区別し、差別し、軽蔑し、そうやって安心を得るための向精神薬としてご利用の様子。痛みに即効きますよ、だって。やかましい。
なんだかとほうもなく小さい、こゝろが、ね。臆病という病にかかってるみたい。若いしバカだし間違いだらけが前提なんだから、ステイタスやブランドなんかで満足を得てないで、無知も恥も全部を引き受けて丸のみしたらいいのにな。
こっちからの治療提案としては、まずは feed をとれ。吐き気をもよおす程に記事を読め。あと、IEなんてやめろ。Windowsに手こずるな。Excel できる人を無駄に尊敬するな。強制終了のコマンド覚えろ。開いてるウィンドウが大過ぎ。アプリ開き過ぎ。そのくせPCに文句言い過ぎ。そして、仕事の効率が悪過ぎ、ため息をつき過ぎ、被害者意識が強過ぎ。つまり、まるで、君は、じいさんだ。
必要なのは向精神薬1錠なんかじゃなくて、ネイチャーメイド 12 錠を一気に飲みくだして平気な顔してる喉周辺のタフさだけだよ。日経を読んでる俺ってポジションに気分を和らげても、他人を見下して安心を得ても、結局、甲斐性なしとバカは全然治ってないんだからさ。慢性化すると、厄介ですから早めの治療を。
ここ暫くはデザイン絡みでフォトグラファー。とりあえず試写、サンプリングした写真のデザインの落とし込みはまあまあハマるねってところまでは確認済み。でもこの件に首を突っ込んでからこっち、いつでも軽装で暮らし、ロケーションのこと天候のことが気が気じゃない。あとミニマムではあるけど機材が重い。それにどうやってでっかいレンズの前で人をリラックスさせるかとかも。ということとは別に、当初20名程度を予定していた被写体も膨らみ気味で最大100名とか。プレッシャー肥大中・・ていうか絶対期限内で終わらないでしょこれ。という中、写真に興味のある人がウロウロしてくれたり自分はニコン派とかの雑談もありまあまあ愉しくもある。
ともあれ。やれることをふやしたい。身に新しい技能をつけてってことじゃなくて、寄せてもらえる信頼、依頼の方で。