沖縄で猛威をふるった台風が、関東に来る頃には完全に消沈した。この日は各社からのWeb に関する提案を受けて、どれもオリエン通りではあるがそれ以上ではないという水準で計4社からどの1社を選ぶかについて思案を巡らせていた。金曜の夜8時。
めずしく母親からの電話が鳴った。めずらしく職場でこれに応答した。受話器の向こうからの声に、疲れがみられた。
聞けば、親父が病を煩っており、明日の土曜日から薬剤を投与するということ。それとはっきり云わないけれどなんとなく 6月頃から入院か通院かしていたよう。医師から「是非に」ということで推され、ようやく重い腰をあげて、こちらへの報せをようやく決めたという経緯。こういうことを隠そうとする、気丈なのか不器用なのか、よくわからないところが母親にはある。推されて意を決した、というのが声と言い回しで伝わる。
電話口で聞き取れることと、そうでなく聞き取るよりも直接見聞きしてこちらで判断をあずかったほうがいいこととがあるようなそんな気がしたので、母親が話すこと以上の事柄を掘り返すことはしなかった。とにかく言いたいことを聞いて、聞いた内容から状況を推察で理解し、また明日に連絡をするということを告げて通話を終えた。動揺はない。事柄がどうであれ、まずは自分が見極めと判断をしなくちゃな、とだけ思う。
生きていればかならず迎える段階を、徐々にだけど、一歩一歩確かに進み、弱り、病に伏し、いつかそのときを迎える。どのように自己というものを過大評価して過ごしてみても最終的には人もまた他の動物と一緒にただ偶然そこに生を受けた生き物であるのに変わりはなく、ただ当たり前のプロセスを進む意外にはない。そのことに抗うことはできないし、抗う必要もまたない。それでいい。センチメンタルになるのはやめようとおもう。
なんにせよ予定の調整が必要だということ。必要なタイミングで医師と会って話を聞き出さなくてはならない。なるべく早くに母親の不安を少しでも取り除かなくてはいけない。しつらえをどうするかとは別に、実としてはそういうことくらいしか自分にはできることはない。
仕事の側面では月末にイベント出展がひかえていて伴って現場仕事もあるし、事前から期間中にかけてWebも賑わいを演出しなくちゃいけない。また商品の価格改定という面倒な仕事も同時期に控えている。大詰めのタイミングと云えばそうだけど、仕事なんか忙しいのが通常運行だからとくに都合が悪いとは思わない。というか忙しいだの仕事だの会社だの迷惑だのそういう種類のことは、どうだって構いやしない、全く値打ちがない。たまには自分等の知恵と脚力でどうにかしろ。連中にだって仕事をする方法くらいはあるだろう。こっちも別に仕事のために生きてる訳じゃない。
それから金の工面。なにかのときの金ならなくもない。けど人の世にはなにかと金がかかるらしいから、自分は当事者としての経験はまだないってこともあって、どれだけあれば足りるのか少し不安は覚える。けど、それもどうにでもなれ、だ。
それから将来について、想う。片方の親が倒れればもう片方へ負担が寄せる。仮に逝けば、もう片方の親は独りになる。弱りつつある身体で、こゝろで、どう暮らしをしてゆくか、気掛かりは大きい。ということに加えて、自分も一度立ち止まって考える、そういう段階、時期なんだととらえることができる。自分は今の形でいいのか、自分の軌道は今歩んでいるこれだけなのか、今一度描きなおした方向で腹を決めて一段階前へ進む、そういうこともまたあると、そんなことを思う。
余談だけど、虫の知らせってのはやっぱりあって。朝から随所に違和感はあった。